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波佐見焼 心形四葉茶杯 120ml(満水180ml)

底には透明なハート、水位で四つ葉とハートが現れる白磁の茶杯。波佐見焼 心形四葉茶杯 120ml(満水180ml)

●商品説明 配送 ゆうびん不可 容量 120ml(満水180ml) サイズ 径95×高さ65mm 重量 145g 製造地 長崎県東彼杵郡波佐見町心形四葉杯(波佐見焼) xin xing si ye bei / しんけいしようはい 底には透明釉のハート形 水位によって 四つ葉とハートが現れる 白磁の茶杯 波佐見焼と有田焼と伊万里焼 佐賀県の磁器は有名なのですが、波佐見焼、有田焼、伊万里焼の違いについて少し触れておきます。有田焼は有田町の周辺で作られる磁器のことですが、その北に位置する伊万里の港から出荷されていたため、江戸時代には伊万里焼と呼ばれていました。古伊万里、と呼ばれて有名なものは江戸時代の有田焼にあたります。明治に入ると有田焼と呼ばれるようになり、伊万里焼というのは伊万里市内で作られるものを指すようになります。ところが実は有田焼と呼ばれていたものの中には今の波佐見焼が含まれていました。波佐見町は有田町の南側に隣接し、窯元や生地屋なども密接に結びついていたので、鉄道駅のある有田の名前で流通していました。それが21世紀に入るころには産地偽装が大きな社会問題となり、波佐見で作られるものは波佐見焼と呼ばなければならないとして、新たな道を進むこととなりました。 歴史を見ると、萩焼と似たところがありますが、豊臣秀吉の朝鮮出兵に始まります。別名、焼き物戦争とも呼ばれるこの戦いで、朝鮮に赴いた大名たちは、その技術を取り入れるべく、多くの朝鮮人陶工を連れ帰ります。李祐慶などの陶工は、波佐見町に登窯を築き、これが波佐見焼のルーツとなりました。釉薬を施した陶器を作っていたのですが、1605年に三又山から陶石が取れることを発見し、磁器生産を開始。その後、清朝の康煕帝が倭寇対策、台湾との対抗関係から、1661年の遷還令のような、より厳格な海禁令をとったことで、中国磁器の輸出が減り、これに代わって輸出の需要が増大しました。台湾統一を成した後、1684年になると海禁令は解除され、波佐見焼も国内向けに量産される日用食器として広まっていきました。 磁器の町、波佐見の蛍手磁器 こちらは波佐見で作られた白磁の杯。比べて見ないと気づかないかと思いますが、当店で冷白として販売している白磁と比べるとわずかに暗い緑の感じがあります。穴を彫ってそこに透明釉を満たす、中国では玲瓏、日本では蛍手と呼ばれたりする技法で、底部にハートマークが彫られ、その上には四つ葉のクローバー型のへこみがあります。珈琲やプーアル茶のような濃い液体の場合にはっきりしますが、注いで水位が上がるにつれ、上から見るとハート形、四つ葉形と形が変わって見えるのが特徴です。 中国茶をあまり知らない方のため、当店で商品をお買い上げの方すべてに中国式のお茶の淹れ方や茶器を紹介したリーフレットを同封しています。はじめての方や贈り物にされる方もご安心ください。 サイズ 径95×高さ65mm 容 量 120ml(満水180ml) 重 量 145g 製造地 長崎県東彼杵郡波佐見町

2420 円 (税込 / 送料別)