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メール便不可大徳寺派干支 寅・虎【茶器/茶道具 色紙画賛 干支「寅」】 干支色紙 直筆 和敬 西垣大道筆 張子虎 田中香泉肉筆画 (干支寅 御題窓)
作者字:西垣大道筆 画:田中香泉肉筆画 箱たとう紙 注意メール便不可 (R4/N296/4-14輪礼大・5082) 【コンビニ受取対応商品】和敬わけい 心をおだやかにして慎み、相手を敬うこと。茶道で重んじる精神の一つ。 【西垣大道】極楽寺 兵庫県城崎 1942年昭和17年 庫県に生まれる。 1949年昭和24年 分山宗興について得度。日本社会福祉大学卒業後、大徳僧堂、のち相国僧堂に掛塔。 1976年昭和51年 仏教大学大学院修士課程修了。 1978年昭和53年 兵庫県城崎郡の大徳寺派極楽禅寺住職に就任し、現在に至る。 ---------- 【田中香泉】 1928年昭和33年 京都生れ 1986年昭和61年 山科にて独立開窯 1989年平成01年 伏見区に工房を移築 1993年平成05年 現在の京焼・清水焼をパリ展に出品 公募展等で入選多数
3795 円 (税込 / 送料別)
送料無料表千家 尋牛斉・庵号:半床庵【茶器/茶道具 短冊】 直筆 竹外茶煙静又は掃雪開松径又は心静自清涼 久田宗也筆(尋牛斎)
直筆 サイズ並巾:約縦36.3×横6cm 箱たとう紙 作者久田宗也筆(尋牛斎) 注意メール便不可 (中・37880) 【コンビニ受取対応商品】竹外茶烟静ちくがいちゃえんしずかなり 林のむこうに、茶を焙(ほう)ずる煙が静かに立ちのぼっている。 山村の平和な風景。自然の営み。 掃雪開松径ゆきをはいてまつのみちをひらく 降り積もった雪を掃くと、そこには松の小径が開けた。 悩みや迷いが一掃されて、生地の仏性(ぶっしょう)が現前したようす。 門閑心静自清涼ころしずかなればおのれはせいりょう 平穏な世の中で屋外が静寂であれば、涼風と共に精神が落ち着く。 【久田家】 久田家は3代宗旦の娘の嫁ぎ先で利休の血筋であり、家元が途絶えそうになった場合、久田家から養子で入っています。 久田家の庵号は半床庵(は んしょうあん)といい、3代宗全による二畳中板の茶室を指す。 【久田家歴代系図】 【初代 宗栄 生々斎】 1559年~1624年3月6日 俗名は久田新八房政 (利休の甥か?) 【2代 宗利 受得斎】 1610年~1685年11月7日 本間利兵衛 (千宗旦の娘クレの夫、藤村庸軒の兄) 【藤村庸軒】(宗旦の四天王の一人) 千家とつながりの深かった久田家初代の久田宗栄の次男で、呉服商十二屋の藤村家に養子に入ったとされる。 薮内紹智に茶の湯を学び、小堀政一(遠州)、金森重近(宗和)からも教えを受ける。のちに千宗旦のもとで台子伝授を許され宗旦四天王の一人に数えられた。 没後、荻野道興の編集により『庸軒詩集』が1803年(享和3年)に刊行された。 【3代 宗全 徳誉斎】 1647年~1707年5月6日 元は本間勘兵衛と称した (宗全は手工に秀で、炭斗の宗全籠等、茶碗・茶杓に優品物が多数あります。) 【4代 宗也 不及斎】 1681年~1744年1月13日 宗全の甥 <4代不及斎には二男あり、理由は不明ながら次男の宗悦が半床庵を継嗣した。> 【高倉久田家歴代】 【5代 宗悦 凉滴斎】 1715年~1768年4月26日 不及斎の次男 【6代 磻翁宗渓 挹泉斎】 1742年~1785年7月24日 【7代 維妙宗也 皓々斎】 1767年~1819年11月29日 【8代 宗利】 不詳-1844年6月30日 養子、元は関宗厳と称した 【9代 一乗宗与】 不詳-1862年8月24日 住山楊甫の孫 『住山家』とは、 〇住山 楊甫(すみやま ようほ)は、初代(?~?) 表千家6代目宗左の門人。姉は、7代目宗左の妻 〇二代(1782~1855)天明2年~安政2年 初代楊甫の養嗣子 表千家9代了々斎の死後、幼い吸江斎の後見人になる 〇一乗宗与(~1862年8月24日)~文久2年 高倉久田家9代目 (住山家八代云々斎楊甫の孫。幼名は岩之介) 【10代 宗悦 玄乗斎】 1856年~1895年4月24日 (表千家10代吸江斎の子で皓々斎の孫) 【11代 守一宗也 無適斎】 1884年~1946年9月13日 【12代 宗也 尋牛斎】 1925年~2010年10月22日 大正14年(1925)京都生。名は和彦、11世無適斎宗也の長男。 京大史学科卒 【13代 宗也 得流斎】 1958年~2011年10月13日 当代
29700 円 (税込 / 送料別)
送料無料表千家 尋牛斉・庵号:半床庵【茶器/茶道具 短冊】 直筆 雁行横月浦 久田宗也筆(尋牛斎)
直筆 サイズ並巾:約縦36.3×横6cm 作者久田宗也筆(尋牛斎) 箱たとう紙 注意メール便不可 (・37880) 【コンビニ受取対応商品】雁行横月浦がんこうげっぽによこたう 雁が月あかりの水辺をの群れをなして飛んで行く。 秋の月明かりの中、湖の上を飛んでいく雁。 【久田家】 久田家は3代宗旦の娘の嫁ぎ先で利休の血筋であり、家元が途絶えそうになった場合、久田家から養子で入っています。 久田家の庵号は半床庵(は んしょうあん)といい、3代宗全による二畳中板の茶室を指す。 【久田家歴代系図】 【初代 宗栄 生々斎】 1559年~1624年3月6日 俗名は久田新八房政 (利休の甥か?) 【2代 宗利 受得斎】 1610年~1685年11月7日 本間利兵衛 (千宗旦の娘クレの夫、藤村庸軒の兄) 【藤村庸軒】(宗旦の四天王の一人) 千家とつながりの深かった久田家初代の久田宗栄の次男で、呉服商十二屋の藤村家に養子に入ったとされる。 薮内紹智に茶の湯を学び、小堀政一(遠州)、金森重近(宗和)からも教えを受ける。のちに千宗旦のもとで台子伝授を許され宗旦四天王の一人に数えられた。 没後、荻野道興の編集により『庸軒詩集』が1803年(享和3年)に刊行された。 【3代 宗全 徳誉斎】 1647年~1707年5月6日 元は本間勘兵衛と称した (宗全は手工に秀で、炭斗の宗全籠等、茶碗・茶杓に優品物が多数あります。) 【4代 宗也 不及斎】 1681年~1744年1月13日 宗全の甥 <4代不及斎には二男あり、理由は不明ながら次男の宗悦が半床庵を継嗣した。> 【高倉久田家歴代】 【5代 宗悦 凉滴斎】 1715年~1768年4月26日 不及斎の次男 【6代 磻翁宗渓 挹泉斎】 1742年~1785年7月24日 【7代 維妙宗也 皓々斎】 1767年~1819年11月29日 【8代 宗利】 不詳-1844年6月30日 養子、元は関宗厳と称した 【9代 一乗宗与】 不詳-1862年8月24日 住山楊甫の孫 『住山家』とは、 〇住山 楊甫(すみやま ようほ)は、初代(?~?) 表千家6代目宗左の門人。姉は、7代目宗左の妻 〇二代(1782~1855)天明2年~安政2年 初代楊甫の養嗣子 表千家9代了々斎の死後、幼い吸江斎の後見人になる 〇一乗宗与(~1862年8月24日)~文久2年 高倉久田家9代目 (住山家八代云々斎楊甫の孫。幼名は岩之介) 【10代 宗悦 玄乗斎】 1856年~1895年4月24日 (表千家10代吸江斎の子で皓々斎の孫) 【11代 守一宗也 無適斎】 1884年~1946年9月13日 【12代 宗也 尋牛斎】 1925年~2010年10月22日 大正14年(1925)京都生。名は和彦、11世無適斎宗也の長男。 京大史学科卒 【13代 宗也 得流斎】 1958年~2011年10月13日 当代
30800 円 (税込 / 送料別)
送料無料表千家 尋牛斉・庵号:半床庵【茶器/茶道具 短冊】 直筆 天晴龍昇 久田宗也筆(尋牛斎)
直筆 サイズ並巾:約縦36.3×横6cm 作者久田宗也筆(尋牛斎) 箱たとう紙 注意メール便不可 (・37880) 【コンビニ受取対応商品】天晴龍昇てんせいりゅうしょう 時に天に上り、雨雲を呼ぶ。 陽のエネルギーを待つ、経済発展の繁栄や幸運を呼ぶ。 天子の権力の象徴 【久田家】 久田家は3代宗旦の娘の嫁ぎ先で利休の血筋であり、家元が途絶えそうになった場合、久田家から養子で入っています。 久田家の庵号は半床庵(は んしょうあん)といい、3代宗全による二畳中板の茶室を指す。 【久田家歴代系図】 【初代 宗栄 生々斎】 1559年~1624年3月6日 俗名は久田新八房政 (利休の甥か?) 【2代 宗利 受得斎】 1610年~1685年11月7日 本間利兵衛 (千宗旦の娘クレの夫、藤村庸軒の兄) 【藤村庸軒】(宗旦の四天王の一人) 千家とつながりの深かった久田家初代の久田宗栄の次男で、呉服商十二屋の藤村家に養子に入ったとされる。 薮内紹智に茶の湯を学び、小堀政一(遠州)、金森重近(宗和)からも教えを受ける。のちに千宗旦のもとで台子伝授を許され宗旦四天王の一人に数えられた。 没後、荻野道興の編集により『庸軒詩集』が1803年(享和3年)に刊行された。 【3代 宗全 徳誉斎】 1647年~1707年5月6日 元は本間勘兵衛と称した (宗全は手工に秀で、炭斗の宗全籠等、茶碗・茶杓に優品物が多数あります。) 【4代 宗也 不及斎】 1681年~1744年1月13日 宗全の甥 <4代不及斎には二男あり、理由は不明ながら次男の宗悦が半床庵を継嗣した。> 【高倉久田家歴代】 【5代 宗悦 凉滴斎】 1715年~1768年4月26日 不及斎の次男 【6代 磻翁宗渓 挹泉斎】 1742年~1785年7月24日 【7代 維妙宗也 皓々斎】 1767年~1819年11月29日 【8代 宗利】 不詳-1844年6月30日 養子、元は関宗厳と称した 【9代 一乗宗与】 不詳-1862年8月24日 住山楊甫の孫 『住山家』とは、 〇住山 楊甫(すみやま ようほ)は、初代(?~?) 表千家6代目宗左の門人。姉は、7代目宗左の妻 〇二代(1782~1855)天明2年~安政2年 初代楊甫の養嗣子 表千家9代了々斎の死後、幼い吸江斎の後見人になる 〇一乗宗与(~1862年8月24日)~文久2年 高倉久田家9代目 (住山家八代云々斎楊甫の孫。幼名は岩之介) 【10代 宗悦 玄乗斎】 1856年~1895年4月24日 (表千家10代吸江斎の子で皓々斎の孫) 【11代 守一宗也 無適斎】 1884年~1946年9月13日 【12代 宗也 尋牛斎】 1925年~2010年10月22日 大正14年(1925)京都生。名は和彦、11世無適斎宗也の長男。 京大史学科卒 【13代 宗也 得流斎】 1958年~2011年10月13日 当代
30800 円 (税込 / 送料別)
送料無料表千家 尋牛斉・庵号:半床庵【茶器/茶道具 短冊】 直筆 春草池塘緑又は春山如笑又は処々聴啼鳥 久田宗也筆(尋牛斎)
直筆 箱たとう紙 サイズ並巾:約縦36.3×横6cm 作者久田宗也筆(尋牛斎) 注意メール便不可 (中・37880) 【コンビニ受取対応商品】春草池塘緑しゅんそうちとうのみどり 池の堤(ため池)には、もう春の草や緑の芽が萌えだしてきた(のどかな春の風景) 春山高花如笑しょんざんたかくはなしょうしょう 「笑」、「咲」は、ともに「わらう、さく」の両義をもつ。 「花笑鴬歌詠」では「花さいて鴬歌(おうか)の詠(えい)」と読む。 「花咲笑」は「花咲き笑う」ではなく「花笑笑」であり、春の山に花が咲き誇っている様子を表している。 処々聴啼鳥しゅしょていちょうをきく 孟浩然(もうこうねん)の五言絶句「春眠暁を覚えず、処々啼鳥を聞く、夜来風雨の声、花落つること知るいくばくぞ」前半二句 「春は夜明けがわからないほど眠い、ところどころ鳥が鳴いていたのを聞いた、夜は風雨が聞こえてた、花もいくつか落ちただろう」 穏やかな心境で眺める。長閑(のどか)な春の日の情景が描かれる。 【久田家】 久田家は3代宗旦の娘の嫁ぎ先で利休の血筋であり、家元が途絶えそうになった場合、久田家から養子で入っています。 久田家の庵号は半床庵(は んしょうあん)といい、3代宗全による二畳中板の茶室を指す。 【久田家歴代系図】 【初代 宗栄 生々斎】 1559年~1624年3月6日 俗名は久田新八房政 (利休の甥か?) 【2代 宗利 受得斎】 1610年~1685年11月7日 本間利兵衛 (千宗旦の娘クレの夫、藤村庸軒の兄) 【藤村庸軒】(宗旦の四天王の一人) 千家とつながりの深かった久田家初代の久田宗栄の次男で、呉服商十二屋の藤村家に養子に入ったとされる。 薮内紹智に茶の湯を学び、小堀政一(遠州)、金森重近(宗和)からも教えを受ける。のちに千宗旦のもとで台子伝授を許され宗旦四天王の一人に数えられた。 没後、荻野道興の編集により『庸軒詩集』が1803年(享和3年)に刊行された。 【3代 宗全 徳誉斎】 1647年~1707年5月6日 元は本間勘兵衛と称した (宗全は手工に秀で、炭斗の宗全籠等、茶碗・茶杓に優品物が多数あります。) 【4代 宗也 不及斎】 1681年~1744年1月13日 宗全の甥 <4代不及斎には二男あり、理由は不明ながら次男の宗悦が半床庵を継嗣した。> 【高倉久田家歴代】 【5代 宗悦 凉滴斎】 1715年~1768年4月26日 不及斎の次男 【6代 磻翁宗渓 挹泉斎】 1742年~1785年7月24日 【7代 維妙宗也 皓々斎】 1767年~1819年11月29日 【8代 宗利】 不詳-1844年6月30日 養子、元は関宗厳と称した 【9代 一乗宗与】 不詳-1862年8月24日 住山楊甫の孫 『住山家』とは、 住山 楊甫(すみやま ようほ)は、初代(?~?) 表千家6代目宗左の門人。姉は、7代目宗左の妻 2代(1782~1855)天明2年~安政2年 初代楊甫の養嗣子 表千家9代了々斎の死後、幼い吸江斎の後見人になる 一乗宗与(~1862年8月24日)~文久2年 高倉久田家9代目 (住山家八代云々斎楊甫の孫。幼名は岩之介) 【10代 宗悦 玄乗斎】 1856年~1895年4月24日 (表千家10代吸江斎の子で皓々斎の孫) 【11代 守一宗也 無適斎】 1884年~1946年9月13日 【12代 宗也 尋牛斎】 1925年~2010年10月22日 大正14年(1925)京都生。名は和彦、11世無適斎宗也の長男。 京大史学科卒 【13代 宗也 得流斎】 1958年~2011年10月13日 当代
29700 円 (税込 / 送料別)
メール便不可大徳寺派【茶器/茶道具 色紙】 直筆 松樹千年翠又松無古今色 福本積應筆
直筆 作者福本積應筆 箱たとう紙 注意メール便不可 (山輪り・5350) 【コンビニ受取対応商品】松樹千年翠しょうじゅせんねんのみどり(松樹(寿)千年翠(緑)) 変化の激しい世の中で年月や季節に左右されずに常に変わらず美しい緑を保ち続ける松こそ万古不易の真実の象徴である 松無古今色まつにここんのいろなし 松の翠は四季を通じ、今昔なくいつもみずみずしく茂っている意味。 【福本積應】 1930年昭和05年 京都に生まれる 1959年昭和34年 大徳寺派招春寺(京都府船井郡)住職を拝命 1983年昭和58年 大徳寺派宝林寺(亀岡市)兼務住職を拝命 1989年平成01年 宝林寺本堂・庫裏・山門を建立 2002年平成14年 招春寺本堂・山門を建立 2004年平成16年 宝林寺を後任住職に譲 再度招春寺住職を拝命
4276 円 (税込 / 送料別)
メール便不可前大徳寺派△【茶器/茶道具 短冊】 直筆 松無古今色又は明歴々露堂々又は白珪尚可磨 佐藤朴堂筆
直筆 サイズ広巾:約縦36.3×横7.5cm 箱たとう紙 作者佐藤朴堂筆 注意メール便不可 (ス野中3750)万里無片雲・明歴々露堂々・清風払明月・明月清風共一家 【コンビニ受取対応商品】松無古今色まつにここんのいろなし 松の翠は四季を通じ、今昔なくいつもみずみずしく茂っている意味。 明歴々露堂々めいれきれきつゆどうどう 明らかにはっきりと顕われていて、隠すところなどすこしもない、という意味。 白珪尚可磨はっけいなおみがくべし(白圭尚可磨) 完全無欠の貴重な玉でも、さらに磨き続けるべきであるという意味。 【佐藤朴堂(本名 宗秀)】 1935年昭和10年07月京都市に生 1947年昭和22年09月兵庫県(但馬:大徳寺派蔵雲寺熙道和尚に就て得度 1956年昭和31年 京都花園妙心寺専門道場禅修業に参禅 1956年昭和46年06月大徳寺派福聚院に住職す 1977年昭和52年04月大徳寺前往位に昇進 ------------------------------ 【福聚院】大徳寺派 滋賀県
2992 円 (税込 / 送料別)
送料無料大徳寺塔頭 芳春院【茶器/茶道具 色紙】 直筆 山花開似錦 秋吉則州筆
直筆 作者秋吉則州筆 箱たとう紙 注意メール便不可 (礼丸り・11880) 【コンビニ受取対応商品】山花開似錦(さんかひらいてにしきににたり) 真理の法身と、肉身とは決して別物でない。 瞬時に散ってしまう花がそのまま堅固な法身なのだ。 【秋吉則州 (あきよしそくしゅう)】芳春院 臨済宗 大徳寺塔頭 1948年昭和23年 大分県大徳寺派光厳寺の三男一女の長兄として生 1967年昭和42年 東京都上野の広徳寺、福富雪底師のもとで小僧生活を送りつつ、駒澤大学に通う 1971年昭和46年 駒澤大学卒業 1972年昭和47年 京都大徳寺専門道場に掛搭(雲水修行)、中村祖順老師に参ずる 1984年昭和59年6月 芳春院副住職に就く。12月には専門道場を出て芳春院に入り、住職三重野荊山老師の看病につき看取る 1986年昭和61年 芳春院住職となり、現在に至る ------------------------------ 【芳春院】 臨済宗 大徳寺塔頭 慶長13年(1608年)に玉室宗珀(ぎょくしつそうはく)を開祖として加賀百万石の祖・前田利家の夫人・松子(まつ、芳春院)が建立。 法号をとって芳春院と名付け、前田家の菩提寺とした。 寛政8年(1796年)の火災により創建当時の建物が焼失するが、2年後に前田家11代の前田治脩によって再興された。 明治期には廃仏毀釈の嵐の中で荒廃するが、明治8年(1875年)になってようやく復興される。
9680 円 (税込 / 送料別)
送料無料大徳寺塔頭 芳春院【茶器/茶道具 色紙】 直筆 白雲自去来 秋吉則州筆
直筆 作者秋吉則州筆 箱たとう紙 注意メール便不可 (礼丸り・11880) 【コンビニ受取対応商品】白雲自去来はくうんおのずからきょらいす 白雲は時々に生起する妄想や煩悩などの例え、白雲はその周囲を無心に去来している意味。 【秋吉則州 (あきよしそくしゅう)】芳春院 臨済宗 大徳寺塔頭 1948年昭和23年 大分県大徳寺派光厳寺の三男一女の長兄として生 1967年昭和42年 東京都上野の広徳寺、福富雪底師のもとで小僧生活を送りつつ、駒澤大学に通う 1971年昭和46年 駒澤大学卒業 1972年昭和47年 京都大徳寺専門道場に掛搭(雲水修行)、中村祖順老師に参ずる 1984年昭和59年6月 芳春院副住職に就く。12月には専門道場を出て芳春院に入り、住職三重野荊山老師の看病につき看取る 1986年昭和61年 芳春院住職となり、現在に至る ------------------------------ 【芳春院】 臨済宗 大徳寺塔頭 慶長13年(1608年)に玉室宗珀(ぎょくしつそうはく)を開祖として加賀百万石の祖・前田利家の夫人・松子(まつ、芳春院)が建立。 法号をとって芳春院と名付け、前田家の菩提寺とした。 寛政8年(1796年)の火災により創建当時の建物が焼失するが、2年後に前田家11代の前田治脩によって再興された。 明治期には廃仏毀釈の嵐の中で荒廃するが、明治8年(1875年)になってようやく復興される。
9680 円 (税込 / 送料別)
メール便不可干支「戌」犬【茶器/茶道具 色紙画賛 干支「戌」】 干支色紙画賛 直筆 金毛獅子変成狗 犬図 小森遊雪画 仙がい義梵和尚犬図写し
作者小森遊雪画 箱たとう紙 注意メール便不可 (山礼ウ・7260) 【コンビニ受取対応商品】金毛獅子変成狗きんもうのししへんしていぬとなる 診行を積んだ禅僧が、衆生(しゅじょう)世間にあらわれることをいう。 立派な金の獅子のように禅の第一義を振りかざすのではなく、犬が人に親しむように穏やかな衆生を導くのでなくては、衆生済度はむずかしい。 犬図 この犬も杭が外れているのでどこにでも行けるのに動こうとしない。 世の中のしがらみに捉われて、ほんれらいの自由を忘れて一歩を踏み出せない人間の姿を描いている。 【小森遊雪画】絵師 昭和32年生まれる 京都造形芸術学院卒 大津絵松楓会会員 日本大津絵文化協会会員 大津絵師4代 高橋松山絵師(大津絵の第一人者)に師事 平成13年 ギャラリーぶなで初個展
5808 円 (税込 / 送料別)
学習教材おもしろ教材 サザン・ディ・エス・クリエイト ダイカット部活色紙(封筒・紙製スタンド付き)テニス ギフト 学習教材 教材
ギフトに最適! 封筒と紙製スタンドの付いたダイカットの部活色紙です。 色紙専用封筒サイズ:W285×H300mm 色紙ボール型:直径約280mm ご注意 本製品の金フチ部分は、特殊な形状の為、京都の職人による手貼りで仕上げております。 その為一品一品、見た目の違いや若干のしわがありますが、あらかじめご了承ください。
527 円 (税込 / 送料別)
メール便不可前大徳寺派〇【茶器/茶道具 色紙画賛】 直筆 直下三千丈 瀧の画又は涼一味 朝顔の画又は涼風 風鈴の画又は涼風 団扇の画 前田宗源筆 増田千津画
直筆 作者字:前田宗源筆 画:増田千津画 箱たとう紙 注意メール便不可 (野申り・5500) 【コンビニ受取対応商品】瀧直下三千丈たき ちょっかさんぜんじょう 瀧がまっすぐに落ちる事三千丈。涼しさを強調し語呂を合わせたもので夏の涼しさを呼ぶ一句 涼一味りょういちみ すずしい風。さわやかな風。涼をさそう風。 涼風りょうふう 爽やかな風、涼を誘う風。 【前田宗源】瑞光院 山号を紫雲山 大徳寺派 赤穂義士遺跡 1932年昭和07年04月10日京都に生 京都府立第三中学校 京都府立朱雀高校 同志社大学経済学部 京都建仁寺僧堂にて修行 ------------------------------ 【瑞光院】 京都 紫野 臨済宗大本山 大徳寺派に属する 紫雲山 瑞光院は 慶長18年(1613年)創建。 赤穂 浅野家とは縁があり、46士の遺髪が埋葬されている
5368 円 (税込 / 送料別)
送料無料表千家 尋牛斉・庵号 半床庵【茶器/茶道具 短冊】 直筆 青松多寿色 久田宗也筆(尋牛斎)
直筆 サイズ並巾:約縦36.3×横6cm 箱たとう紙 作者久田宗也筆(尋牛斎) 注意メール便不可 (・43200) 【コンビニ受取対応商品】青松多寿色せいしょうじゅしょくおおし 松は常緑樹の代表として、さまざまな象徴に用いる。 何時までも青々とした松は、それだけで御目出度い色をしている。若さの象徴「緑」、 不老長寿を連想させる。 当然、祝いの席には松が飾られることが多い 「寿」の語が入った句は「長寿」の象徴である。 禅語で「うつろうことのない不動の松の青さこそ、寿の色」という意味を持っています 。 【久田家】 久田家は3代宗旦の娘の嫁ぎ先で利休の血筋であり、家元が途絶えそうになった場合、久田家から養子で入っています。 久田家の庵号は半床庵(は んしょうあん)といい、3代宗全による二畳中板の茶室を指す。 【久田家歴代系図】 【初代 宗栄 生々斎】 1559年~1624年3月6日 俗名は久田新八房政 (利休の甥か?) 【2代 宗利 受得斎】 1610年~1685年11月7日 本間利兵衛 (千宗旦の娘クレの夫、藤村庸軒の兄) 【藤村庸軒】(宗旦の四天王の一人) 千家とつながりの深かった久田家初代の久田宗栄の次男で、呉服商十二屋の藤村家に養子に入ったとされる。 薮内紹智に茶の湯を学び、小堀政一(遠州)、金森重近(宗和)からも教えを受ける。のちに千宗旦のもとで台子伝授を許され宗旦四天王の一人に数えられた。 没後、荻野道興の編集により『庸軒詩集』が1803年(享和3年)に刊行された。 【3代 宗全 徳誉斎】 1647年~1707年5月6日 元は本間勘兵衛と称した (宗全は手工に秀で、炭斗の宗全籠等、茶碗・茶杓に優品物が多数あります。) 【4代 宗也 不及斎】 1681年~1744年1月13日 宗全の甥 <4代不及斎には二男あり、理由は不明ながら次男の宗悦が半床庵を継嗣した。> 【高倉久田家歴代】 【5代 宗悦 凉滴斎】 1715年~1768年4月26日 不及斎の次男 【6代 磻翁宗渓 挹泉斎】 1742年~1785年7月24日 【7代 維妙宗也 皓々斎】 1767年~1819年11月29日 【8代 宗利】 不詳-1844年6月30日 養子、元は関宗厳と称した 【9代 一乗宗与】 不詳-1862年8月24日 住山楊甫の孫 『住山家』とは、 住山 楊甫(すみやま ようほ)は、初代(?~?) 表千家6代目宗左の門人。姉は、7代目宗左の妻 2代(1782~1855)天明2年~安政2年 初代楊甫の養嗣子 表千家9代了々斎の死後、幼い吸江斎の後見人になる 一乗宗与(~1862年8月24日)~文久2年 高倉久田家9代目 (住山家八代云々斎楊甫の孫。幼名は岩之介) 【10代 宗悦 玄乗斎】 1856年~1895年4月24日 (表千家10代吸江斎の子で皓々斎の孫) 【11代 守一宗也 無適斎】 1884年~1946年9月13日 【12代 宗也 尋牛斎】 1925年~2010年10月22日 大正14年(1925)京都生。名は和彦、11世無適斎宗也の長男。 京大史学科卒 【13代 宗也 得流斎】 1958年~2011年10月13日 当代
35200 円 (税込 / 送料別)
送料無料表千家 尋牛斉・庵号:半床庵【茶器/茶道具 短冊】 直筆 天晴日頭出 久田宗也筆(尋牛斎)
直筆 サイズ並巾:約縦36.3×横6cm 箱たとう紙 作者久田宗也筆(尋牛斎) 注意メール便不可 (・42880) 【コンビニ受取対応商品】天晴日頭出てんはれてにっとういづる 天晴日頭出 雨下地上湿(てんはれてにっとういづ あめふりてちじょううるおう) 天気が良いと太陽が姿を表し、雨が降れば地上が濡れる。自然現象の何のはからいもない様であり、無用な分別妄想が微塵も無い無執着の有様の例えです。 【久田家】 久田家は3代宗旦の娘の嫁ぎ先で利休の血筋であり、家元が途絶えそうになった場合、久田家から養子で入っています。 久田家の庵号は半床庵(は んしょうあん)といい、3代宗全による二畳中板の茶室を指す。 【久田家歴代系図】 【初代 宗栄 生々斎】 1559年~1624年3月6日 俗名は久田新八房政 (利休の甥か?) 【2代 宗利 受得斎】 1610年~1685年11月7日 本間利兵衛 (千宗旦の娘クレの夫、藤村庸軒の兄) 【藤村庸軒】(宗旦の四天王の一人) 千家とつながりの深かった久田家初代の久田宗栄の次男で、呉服商十二屋の藤村家に養子に入ったとされる。 薮内紹智に茶の湯を学び、小堀政一(遠州)、金森重近(宗和)からも教えを受ける。のちに千宗旦のもとで台子伝授を許され宗旦四天王の一人に数えられた。 没後、荻野道興の編集により『庸軒詩集』が1803年(享和3年)に刊行された。 【3代 宗全 徳誉斎】 1647年~1707年5月6日 元は本間勘兵衛と称した (宗全は手工に秀で、炭斗の宗全籠等、茶碗・茶杓に優品物が多数あります。) 【4代 宗也 不及斎】 1681年~1744年1月13日 宗全の甥 <4代不及斎には二男あり、理由は不明ながら次男の宗悦が半床庵を継嗣した。> 【高倉久田家歴代】 【5代 宗悦 凉滴斎】 1715年~1768年4月26日 不及斎の次男 【6代 磻翁宗渓 挹泉斎】 1742年~1785年7月24日 【7代 維妙宗也 皓々斎】 1767年~1819年11月29日 【8代 宗利】 不詳-1844年6月30日 養子、元は関宗厳と称した 【9代 一乗宗与】 不詳-1862年8月24日 住山楊甫の孫 『住山家』とは、 〇住山 楊甫(すみやま ようほ)は、初代(?~?) 表千家6代目宗左の門人。姉は、7代目宗左の妻 〇二代(1782~1855)天明2年~安政2年 初代楊甫の養嗣子 表千家9代了々斎の死後、幼い吸江斎の後見人になる 〇一乗宗与(~1862年8月24日)~文久2年 高倉久田家9代目 (住山家八代云々斎楊甫の孫。幼名は岩之介) 【10代 宗悦 玄乗斎】 1856年~1895年4月24日 (表千家10代吸江斎の子で皓々斎の孫) 【11代 守一宗也 無適斎】 1884年~1946年9月13日 【12代 宗也 尋牛斎】 1925年~2010年10月22日 大正14年(1925)京都生。名は和彦、11世無適斎宗也の長男。 京大史学科卒 【13代 宗也 得流斎】 1958年~2011年10月13日 当代
34100 円 (税込 / 送料別)
送料無料表千家 尋牛斉・庵号:半床庵【茶器/茶道具 短冊】 直筆 雪橋一蓑寒 久田宗也筆(尋牛斎)
直筆 サイズ並巾:約縦36.3×横6cm 箱たとう紙 作者久田宗也筆(尋牛斎) 注意メール便不可 (・37880) 【コンビニ受取対応商品】雪橋一蓑寒ゆきはしいちみのさむし 雪降り積もる雪の橋をわたって行く情景を思い浮かべました語句。 冬の寒さが増してくる様子。 【久田家】 久田家は3代宗旦の娘の嫁ぎ先で利休の血筋であり、家元が途絶えそうになった場合、久田家から養子で入っています。 久田家の庵号は半床庵(は んしょうあん)といい、3代宗全による二畳中板の茶室を指す。 【久田家歴代系図】 【初代 宗栄 生々斎】 1559年~1624年3月6日 俗名は久田新八房政 (利休の甥か?) 【2代 宗利 受得斎】 1610年~1685年11月7日 本間利兵衛 (千宗旦の娘クレの夫、藤村庸軒の兄) 【藤村庸軒】(宗旦の四天王の一人) 千家とつながりの深かった久田家初代の久田宗栄の次男で、呉服商十二屋の藤村家に養子に入ったとされる。 薮内紹智に茶の湯を学び、小堀政一(遠州)、金森重近(宗和)からも教えを受ける。のちに千宗旦のもとで台子伝授を許され宗旦四天王の一人に数えられた。 没後、荻野道興の編集により『庸軒詩集』が1803年(享和3年)に刊行された。 【3代 宗全 徳誉斎】 1647年~1707年5月6日 元は本間勘兵衛と称した (宗全は手工に秀で、炭斗の宗全籠等、茶碗・茶杓に優品物が多数あります。) 【4代 宗也 不及斎】 1681年~1744年1月13日 宗全の甥 <4代不及斎には二男あり、理由は不明ながら次男の宗悦が半床庵を継嗣した。> 【高倉久田家歴代】 【5代 宗悦 凉滴斎】 1715年~1768年4月26日 不及斎の次男 【6代 磻翁宗渓 挹泉斎】 1742年~1785年7月24日 【7代 維妙宗也 皓々斎】 1767年~1819年11月29日 【8代 宗利】 不詳-1844年6月30日 養子、元は関宗厳と称した 【9代 一乗宗与】 不詳-1862年8月24日 住山楊甫の孫 『住山家』とは、 〇住山 楊甫(すみやま ようほ)は、初代(?~?) 表千家6代目宗左の門人。姉は、7代目宗左の妻 〇二代(1782~1855)天明2年~安政2年 初代楊甫の養嗣子 表千家9代了々斎の死後、幼い吸江斎の後見人になる 〇一乗宗与(~1862年8月24日)~文久2年 高倉久田家9代目 (住山家八代云々斎楊甫の孫。幼名は岩之介) 【10代 宗悦 玄乗斎】 1856年~1895年4月24日 (表千家10代吸江斎の子で皓々斎の孫) 【11代 守一宗也 無適斎】 1884年~1946年9月13日 【12代 宗也 尋牛斎】 1925年~2010年10月22日 大正14年(1925)京都生。名は和彦、11世無適斎宗也の長男。 京大史学科卒 【13代 宗也 得流斎】 1958年~2011年10月13日 当代
30800 円 (税込 / 送料別)
メール便不可前大徳寺派>干支酉・鶏・鳥【茶器/茶道具 短冊画賛 干支「酉」】 直筆 日々新 福本積應筆 鶏の土鈴
直筆 サイズ広巾:約縦36.3×横7.5cm 箱たとう紙 作者福本積應筆 注意メール便不可 H29:10-8り・4039) 【コンビニ受取対応商品】日々新ひびあらた 日をおって絶えず進歩すること。 禅ではさらに、日々新たに気を入れ換え、新たな気持ちで事に臨むことと捉える。 【福本積應】 1930年昭和05年 京都に生まれる 1959年昭和34年 大徳寺派招春寺(京都府船井郡)住職を拝命 1983年昭和58年 大徳寺派宝林寺(亀岡市)兼務住職を拝命 1989年平成01年 宝林寺本堂・庫裏・山門を建立 2002年平成14年 招春寺本堂・山門を建立 2004年平成16年 宝林寺を後任住職に譲 再度招春寺住職を拝命
5038 円 (税込 / 送料別)
メール便不可前大徳寺派〇【茶器/茶道具 色紙画賛】 直筆 息災 六瓢の画又は「ふらふらとしてる…」 瓢箪の画 福本積應筆 今尾孝子画
直筆 作者字:福本積應筆 画:今尾孝子画 箱たとう紙 注意メール便不可 (野申り・5500) 【コンビニ受取対応商品】無病息災むびょうそくさい 病もなく、元気である事。 「息」はやめる、防ぐ意。 「息災」はもとは仏の力によって災害・ 病気など災いを除く意。 転じて、健康で元気なさまをいう。 ふらふらとしているようでも瓢箪は、腰の当たりに〆くくりあり。 【福本積應】 1930年昭和05年 京都に生まれる 1959年昭和34年 大徳寺派招春寺(京都府船井郡)住職を拝命 1983年昭和58年 大徳寺派宝林寺(亀岡市)兼務住職を拝命 1989年平成01年 宝林寺本堂・庫裏・山門を建立 2002年平成14年 招春寺本堂・山門を建立 2004年平成16年 宝林寺を後任住職に譲 再度招春寺住職を拝命 ------------------------------ 【今尾孝子】 1963年昭和38年 愛知県生まれ 1987年昭和62年 京都市立芸術大学美術学部・日本画卒業 1989年昭和64年 京都市立芸術大学美大学院・絵画専攻日本画終了 現在京都在住
4950 円 (税込 / 送料別)
メール便不可前大徳寺派〇【茶器/茶道具 短冊画賛】 直筆 無事千秋楽 小堀良實筆 箒の画又は山寒花発遅 小堀良實筆 寒牡丹の画又は山寒花発遅 福本積應筆 寒牡丹の画
直筆 サイズ広巾:約縦36.3×横7.5cm 箱たとう紙 作者無事千秋楽/山寒花発遅:小堀良實筆 山寒花発遅:福本積應筆 注意メール便不可 (り・5400) 【コンビニ受取対応商品】無事千秋楽ぶじせんしゅうらく 今年も何事もなく年末を迎えられ、感謝の気持ち 普段と同じ・平常な日々 無事とは、仏や悟り、道の完成を他に求めない心をいいます。悟っているあなたは、何もする事はないですよ。との事。 山寒花発遅やまさむうしてはなのひらくことおそし 山里の冬は長く、春は遅々として訪れない。つまり、花の発くことは、厳しい修行の果てにたどり着く悟りを、意味する。 【小堀良實(りょうじつ)】寶林寺 山号を曹渓山 大徳寺派 (臨済宗) 1972年昭和47年 京都市:大徳寺:弧蓬庵の次男に生 1996年平成08年 花園大学卒業 博多 崇福寺専門道場にて修行 2004年平成16年 寶林寺住職 ------------------------------ 【寶林寺】 京都 紫野 臨済宗大本山 大徳寺派に属する 寶林寺 山号を曹渓山は 禅宗の祖と言われる達磨大師より、6代目慧能禅師が、この地に来りて、仏法を解きて以来、禅の宗風喩々隆盛となる。開山、春嶺紹温禅師(大灯国師より204世)は寛文年間亀岡の地に来りて創建し、曹渓山寶林寺と名付けられた。 山内には、重要文化財(旧国宝)の薬師・阿弥陀・釈迦の三如来の仏像と九重石塔婆等があります。 ------------------------------------------------------------------------------------------ 【福本積應】 1930年昭和05年 京都に生まれる 1959年昭和34年 大徳寺派招春寺(京都府船井郡)住職を拝命 1983年昭和58年 大徳寺派宝林寺(亀岡市)兼務住職を拝命 1989年平成01年 宝林寺本堂・庫裏・山門を建立 2002年平成14年 招春寺本堂・山門を建立 2004年平成16年 宝林寺を後任住職に譲 再度招春寺住職を拝命
5005 円 (税込 / 送料別)
メール便不可前大徳寺派松濤泰宏筆〇【茶器/茶道具 短冊】 直筆 一雨潤千山又は千山添翠色 松涛泰宏筆(宗潤)(まつなみたいこう)
直筆 サイズ広巾:約縦36.3×横7.5cm 作者松涛泰宏筆(宗潤)(まつなみたいこう) 箱たとう紙 注意メール便不可 (野吉丸岡の目り・4650) 【コンビニ受取対応商品】一雨潤千山いちうせんざんをうるおす ひとしきりの雨があらゆる山を潤す。炎早(えんかん)の地に恵みの雨が降りそそぎ、潤いを取り戻して植物が生き生きと蘇る爽やかな夏の情景。一雨は、みなに平等に行き渡る。一雨は、一粒の信念であり、一粒の愛である。わずかに身を濡らすだけの雨も見渡せばあらゆるものをゆったりと潤している様子。 千山添翠色せんざんすいしょくにそう 見渡す限りの山々に鮮やかな翠が見える若葉が萌えいずる初夏の風景。 中国唐時代の詩人李賀の「暁は涼しく、暮れは涼しく、 樹は蓋の如し、千山の濃緑雲外に生ず。」による。 【松濤泰宏(松涛泰宏)[まつなみたいこう]】 前大徳寺 鷲峰山、寿福寺第50世住職(福岡県) 1960年昭和35年 生まれ 1972年昭和47年 得度 1982年昭和57年 臨済宗大徳寺派、別格地、崇福僧堂初掛塔 1984年昭和59年 福岡大学卒業 1987年昭和62年 臨済宗大徳寺派、別格地、崇福僧堂再掛塔 1990年平成02年 臨済宗大徳寺派、三等地寿福寺住職 ----------------------------- 【寿福寺】山号 鷲峰山 福岡県福岡市 京都 紫野 臨済宗大本山 大徳寺派に属する 1190年代に臨済宗の開祖 明庵栄西禅師(建仁寺開祖)によって禅宗に改宗され江戸末期から明治の初期に大徳寺派の末寺になる
3550 円 (税込 / 送料別)
干支酉・鶏・鳥【茶器/茶道具 色紙画賛 干支「酉」】 干支色紙 直筆 大津絵 鶏の画 小森遊雪画
直筆 作者小森遊雪画 箱たとう紙 注意メール便不可 (山礼ウ・8125) 【コンビニ受取対応商品】【小森遊雪画】絵師 昭和32年生まれる 京都造形芸術学院卒 大津絵松楓会会員 日本大津絵文化協会会員 大津絵師4代 高橋松山絵師に師事 (高橋松山、大津絵の第一人者) 平成13年 ギャラリーぶなで初個展
6600 円 (税込 / 送料別)
【厳選された 額装作品 をお値打ちに】和額 らんま額(欄間額) 扁額 額装作品一期一会(小林 太玄)全国送料無料無料 代引き手数無料 新品掛け軸 専門店 通販"扁額一期一会(小林太玄)"
店長の一言コメント 「一期一会(いちごいちえ)」とは、「一期」は人が生まれてから死ぬまでの間の事、「一会」一度だけ会うということです。 つまりその一生に一度、ただ一度だけの出会い、そう思えば、いかにその時が大切でかけがえのないものになるというような意味です。 茶人として名高い井伊直弼は「茶の湯の交江(こうえ)は一期一会といって、たとえ同じ主客が幾度交江をしても、今日の会は二度と繰り返されないことを思うと、実に一生に一度きりのものである。」と言っています。 ※額の色・裂地の色が変わる場合がございます。 ※在庫切れの場合は、制作に2ヶ月程かかる場合がございます。 ■作家略歴こばやし たいげん臨済宗大徳寺派大本山龍宝山大徳寺塔頭。黄梅院二十世住職京都府在住 ■サイズ高さ45cm×幅124cm四尺アクリル入り
136400 円 (税込 / 送料込)
【厳選された 額装作品 をお値打ちに】和額 らんま額(欄間額) 扁額 額装作品日々是好日(小林 太玄)全国送料無料無料 代引き手数無料 新品掛け軸 専門店 通販"扁額日々是好日(小林太玄)"
店長の一言コメント 「日々是好日(にちにちこれこうじつ)」中国の唐末の雲門文偃禅師の言われた有名な言葉です。 意味は、毎日毎日が最良の日である。雨の日もまた辛い日も悲しい日も、それを良き日と受け取っていくということです。毎日よいことばかりあるはずがありません。しかし悪い日も良き日もありのままに受け取れる心、さらに悪い日を良き日と転ずる心があれば、どんな日だって「好日」でない日はないのです。 ※額の色・裂地の色が変わる場合がございます。 ※在庫切れの場合は、制作に2ヶ月程かかる場合がございます。 ■作家略歴こばやし たいげん臨済宗大徳寺派大本山龍宝山大徳寺塔頭。黄梅院二十世住職京都府在住 ■サイズ高さ45cm×幅124cm四尺アクリル入り
136400 円 (税込 / 送料込)
送料無料表千家 尋牛斉・庵号:半床庵【茶器/茶道具 短冊】 直筆 春光生嘉祥又は和気生嘉祥又は和顔生幸慶 久田宗也筆(尋牛斎)
直筆 サイズ並巾:約縦36.3×横6cm 作者久田宗也筆(尋牛斎) 箱たとう紙 注意メール便不可 (中・37880) 【コンビニ受取対応商品】春光生嘉祥しゅんこうかしょうをしょうず 冬の眠りに就ついていた万物を覚醒させて生命力を与える、春の陽光のめでたい兆しが生まれる。 和気生嘉祥わきかしょうをしょうず 和(やわ)らいだ気はめでたさを生じる。 和気には大別して天候が順当であることの意と、人の心が和睦であるの意とがある。 天候が和順であることによて、五穀豊穣となり人々の幸福を招くこと。また、人々の心が睦まじく和らいで吉祥を生じるということ。 和顔生幸慶わがんこうけいをしょうず 和やかな顔で接すれば、おのずと祝福する気持ちが生まれる 【久田家】 久田家は3代宗旦の娘の嫁ぎ先で利休の血筋であり、家元が途絶えそうになった場合、久田家から養子で入っています。 久田家の庵号は半床庵(は んしょうあん)といい、3代宗全による二畳中板の茶室を指す。 【久田家歴代系図】 【初代 宗栄 生々斎】 1559年~1624年3月6日 俗名は久田新八房政 (利休の甥か?) 【2代 宗利 受得斎】 1610年~1685年11月7日 本間利兵衛 (千宗旦の娘クレの夫、藤村庸軒の兄) 【藤村庸軒】(宗旦の四天王の一人) 千家とつながりの深かった久田家初代の久田宗栄の次男で、呉服商十二屋の藤村家に養子に入ったとされる。 薮内紹智に茶の湯を学び、小堀政一(遠州)、金森重近(宗和)からも教えを受ける。のちに千宗旦のもとで台子伝授を許され宗旦四天王の一人に数えられた。 没後、荻野道興の編集により『庸軒詩集』が1803年(享和3年)に刊行された。 【3代 宗全 徳誉斎】 1647年~1707年5月6日 元は本間勘兵衛と称した (宗全は手工に秀で、炭斗の宗全籠等、茶碗・茶杓に優品物が多数あります。) 【4代 宗也 不及斎】 1681年~1744年1月13日 宗全の甥 <4代不及斎には二男あり、理由は不明ながら次男の宗悦が半床庵を継嗣した。> 【高倉久田家歴代】 【5代 宗悦 凉滴斎】 1715年~1768年4月26日 不及斎の次男 【6代 磻翁宗渓 挹泉斎】 1742年~1785年7月24日 【7代 維妙宗也 皓々斎】 1767年~1819年11月29日 【8代 宗利】 不詳-1844年6月30日 養子、元は関宗厳と称した 【9代 一乗宗与】 不詳-1862年8月24日 住山楊甫の孫 『住山家』とは、 〇住山 楊甫(すみやま ようほ)は、初代(?~?) 表千家6代目宗左の門人。姉は、7代目宗左の妻 〇二代(1782~1855)天明2年~安政2年 初代楊甫の養嗣子 表千家9代了々斎の死後、幼い吸江斎の後見人になる 〇一乗宗与(~1862年8月24日)~文久2年 高倉久田家9代目 (住山家八代云々斎楊甫の孫。幼名は岩之介) 【10代 宗悦 玄乗斎】 1856年~1895年4月24日 (表千家10代吸江斎の子で皓々斎の孫) 【11代 守一宗也 無適斎】 1884年~1946年9月13日 【12代 宗也 尋牛斎】 1925年~2010年10月22日 大正14年(1925)京都生。名は和彦、11世無適斎宗也の長男。 京大史学科卒 【13代 宗也 得流斎】 1958年~2011年10月13日 当代
29700 円 (税込 / 送料別)
茶掛 画賛 四季茶道具 書 掛軸 縦物 画賛、紅葉の画 「秋色」、足立泰道 和尚 賛
■在庫のない場合、お申し込後、納品迄、 1~2週間程度ご猶予をお願いする場合がございます。■作品は、それぞれ真筆・逸品物のため、 仕上がりが多少異なる場合があります、予めご了承下さい。 ■掛軸 縦物 画賛 紅葉の画 「秋色」 分類 茶道具 RP-W9-MO-SHU-AT----------------------------------------------- 賛 添書--- 足立泰道(あだち たいどう)和尚臨済宗 大徳寺派、瑞龍山 雲澤禅寺(兵庫県) 閑栖。1937年 12月生まれ。1969年 雲澤寺副住職。1975年 雲澤寺住職。1986年 大徳寺派前住職。1987年 施大徳寺改衣式。2009年 閑栖。---------------------------------------------瑞龍山 雲澤禅寺 沿革兵庫県富岡市に位置し、元和年間 沢庵和尚により中興されました。-----------------------------------------------『臨済宗』とは、中国禅宗五家(臨済、諸ラ仰、曹洞、雲門、法眼)の一つで、唐の臨済義玄を宗祖とします。義玄は『喝の臨済』『臨済将軍』の異名で知られ、豪放な家風を特徴として中国禅興隆の頂点を極めたといわれます。尚、正式な表記は、臨濟宗、臨濟義玄となります。 また、『大徳寺派』は、1315年 宗峰妙超により始まった京都の大徳寺を本山とする宗派です。 作者略歴 画---田中松泉生年:1918年(大正7年戊午)生地:奈良県分野:画家 日本画 寸法 縦(丈):約 168.0cm、 横(幅):約 31.0cm、 軸先横幅:約 36.0cm。 備考 桐共箱、略歴付。表装:手打ち、本表装です。新品。 取扱品:茶道具 茶碗 美術工芸品 陶磁器 和の器 酒盃 抹茶 他創業1946年 茶道具販売 卸売・小売部門 知事賞 受賞:佐藤大観堂 ■トップページに戻り、他の作品を見る
59800 円 (税込 / 送料込)
茶道具 書 掛軸 横物 画賛、月に舟の画 「千古秋」、足立泰道 和尚 賛
■在庫のない場合、お申し込後、納品迄、 1~2週間程度ご猶予をお願いする場合がございます。 ■作品は、それぞれ真筆・逸品物のため、 仕上がりが多少異なる場合があります、予めご了承下さい。 ■書 掛軸 横物 画賛 月に舟の画 「千古秋」 分類 茶道具 RP-W9-TF-SEA-AT-----------------------------------------------【 千古秋 (せんこの あき)】「月清千古秋」 「つききよし せんこの あき」清い月の光景は、今も昔も変わる事がない。悠久の時を感じさせる鮮やかな名月と秋の光景を表現している。 賛 添書--- 足立泰道(あだち たいどう)和尚臨済宗 大徳寺派、瑞龍山 雲澤禅寺(兵庫県) 閑栖。1937年 12月生まれ。1969年 雲澤寺副住職。1975年 雲澤寺住職。1986年 大徳寺派前住職。1987年 施大徳寺改衣式。2009年 閑栖。---------------------------------------------瑞龍山 雲澤禅寺 沿革兵庫県富岡市に位置し、元和年間 沢庵和尚により中興されました。-----------------------------------------------『臨済宗』とは、中国禅宗五家(臨済、諸ラ仰、曹洞、雲門、法眼)の一つで、唐の臨済義玄を宗祖とします。義玄は『喝の臨済』『臨済将軍』の異名で知られ、豪放な家風を特徴として中国禅興隆の頂点を極めたといわれます。尚、正式な表記は、臨濟宗、臨濟義玄となります。 また、『大徳寺派』は、1315年 宗峰妙超により始まった京都の大徳寺を本山とする宗派です。 作者略歴 画---田中松泉生年:1918年(大正7年戊午)生地:奈良県分野:画家 日本画 寸法 縦(丈):約 120.0cm、 横(幅):約 52.0cm、 軸先横幅:約 57.0cm。 備考 桐共箱、 略歴付。表装:手打ち、本表装です。新品。 取扱品:茶道具 茶碗 美術工芸品 陶磁器 和の器 酒盃 抹茶 他創業1946年 茶道具販売 卸売・小売部門 知事賞 受賞:佐藤大観堂 ■トップページに戻り、他の作品を見る
59800 円 (税込 / 送料込)
金閣寺・銀閣寺住職、有馬頼底 賛直筆茶道具 書短冊 画賛「春風舞」桜絵有馬頼底 賛直筆
■在庫のない場合、新作仕入れの為、お申し込後、納品迄、 1~2週間程お待ち頂く場合があります。 ■作品は、それぞれ直筆逸品物のため、 仕上がりが多少異なる場合があります、予めご了承下さい。 ■短冊 画賛 「春風舞」 桜(さくら)絵 金閣寺・銀閣寺 住職 有馬頼底 賛直筆 分類 茶道具 ta-shunpuu-sakura-raitei-s3-----------------------------------------------「春風舞」 ( しゅんぷうに まう )日毎に暖かさが増し、様々な花が、咲き乱れている様。 筆者 有馬頼底 老大師 筆者略歴 ■号 大龍窟臨済宗 相國寺派 七代管長、金閣寺(鹿苑寺)住職、銀閣寺(慈照寺)住職、京都仏教会 理事長、日本文化芸術財団 理事。■有馬頼底 老大師久留米藩主 有馬家(赤松氏流)の子孫。東京にて華族の家系に生まれ、天皇陛下のご学友となる。8歳で大分県 日田市の岳林寺にて得度。22歳で京都 相國寺に入門し、相國寺にて禅僧として修行を重ねる。古代から近代に至るまでの墨蹟・茶道具・美術工芸品などに造詣が深く、禅宗歴史美術を通じ、広く一般に布教活動を行っている。 寸法 縦 36.2cm、 横 6.2cm。 備考 畳紙(たとうし)付。新品。 取扱品:茶道具 茶碗 美術工芸品 陶磁器 和の器 酒盃 抹茶 他創業1946年 / 茶道具販売 卸売・小売部門 知事賞 受賞:佐藤大観堂 ■トップページに戻り、他の作品を見る
16800 円 (税込 / 送料込)
【茶道具】書 掛軸 横物 画賛、団扇(うちわ)の画 「夏木立」、足立泰道 和尚 賛
■在庫のない場合、お申し込後、納品迄、 約2週間程度ご猶予をお願いする場合がございます。 ■作品は、それぞれ真筆・逸品物のため、 仕上がりが多少異なる場合があります、予めご了承下さい。 ■書 掛軸 横物 画賛 団扇(うちわ)の画 「夏木立」 分類 茶道具 RP-O3-U-NK-AT-----------------------------------------------【 夏木立 】暑い夏、木陰や木立を抜ける涼やかな風は、自然からの贈り物。 賛 添書--- 足立泰道(あだち たいどう)和尚臨済宗 大徳寺派、瑞龍山 雲澤禅寺(兵庫県) 閑栖。1937年 12月生まれ。1969年 雲澤寺副住職。1975年 雲澤寺住職。1986年 大徳寺派前住職。1987年 施大徳寺改衣式。2009年 閑栖。---------------------------------------------瑞龍山 雲澤禅寺 沿革兵庫県富岡市に位置し、元和年間 沢庵和尚により中興されました。-----------------------------------------------『臨済宗』とは、中国禅宗五家(臨済、諸ラ仰、曹洞、雲門、法眼)の一つで、唐の臨済義玄を宗祖とします。義玄は『喝の臨済』『臨済将軍』の異名で知られ、豪放な家風を特徴として中国禅興隆の頂点を極めたといわれます。尚、正式な表記は、臨濟宗、臨濟義玄となります。 また、『大徳寺派』は、1315年 宗峰妙超により始まった京都の大徳寺を本山とする宗派です。 作者略歴 画---田中松泉生年:1918年(大正7年戊午)生地:奈良県分野:画家 日本画 寸法 縦(丈):約 120.0cm、 横(幅):約 52.0cm、 軸先横幅:約 57.0cm。 備考 桐共箱、 略歴付。表装:手打ち、本表装です。新品。 取扱品:茶道具 茶碗 美術工芸品 陶磁器 和の器 酒盃 抹茶 他創業1946年 茶道具販売 卸売・小売部門 知事賞 受賞:佐藤大観堂 ■トップページに戻り、他の作品を見る
59800 円 (税込 / 送料込)
茶道具 書掛軸 横物「一期一会」足立泰道和尚 直筆茶道具 書掛軸 横物「一期一会」足立泰道和尚 直筆
■掛軸 横物 「一期一会」 足立泰道和尚 直筆 分類 茶道具 RP-W10-KY-IG-AT-----------------------------------------------【 一期一会 (いちご いちえ) 】一期一会とは、茶道に由来する言葉。「あなたとこうして出会っているこの時間は、二度と巡っては来ないたった一度きりのもの。だから、この一瞬を大切に思い、今出来る最高のおもてなしをしましょう。」と言う意味の、千利休の茶道の筆頭の心得。これからも何度でも会うことはあるだろうが、「もしかしたら二度とは会えないかもしれない」という覚悟で人に接する心得。 千利休の弟子の山上宗二は著書「山上宗二記」の中の「茶湯者覚悟十躰」に、”一期に一度の会”という書き下しの一文を残している。 その考えを、幕末の大老・井伊直弼が自分の茶道の一番の心得として、著書『茶湯一会集』巻頭で「一期一会」という言葉にして世の中に広めたもの。 筆者 足立泰道(あだち たいどう)和尚 筆者略歴 臨済宗 大徳寺派、瑞龍山 雲澤禅寺(兵庫県) 閑栖。1937年 12月生まれ。1969年 雲澤寺副住職。1975年 雲澤寺住職。1986年 大徳寺派前住職。1987年 施大徳寺改衣式。2009年 閑栖。---------------------------------------------瑞龍山 雲澤禅寺 沿革兵庫県富岡市に位置し、元和年間 沢庵和尚により中興されました。-----------------------------------------------『臨済宗』とは、中国禅宗五家(臨済、諸ラ仰、曹洞、雲門、法眼)の一つで、唐の臨済義玄を宗祖とします。義玄は『喝の臨済』『臨済将軍』の異名で知られ、豪放な家風を特徴として中国禅興隆の頂点を極めたといわれます。尚、正式な表記は、臨濟宗、臨濟義玄となります。 また、『大徳寺派』は、1315年 宗峰妙超により始まった京都の大徳寺を本山とする宗派です。 寸法 縦(丈):約 118.0cm、 横(幅):約 54.5cm、 軸先横幅:約 60.0cm。 備考 桐共箱、略歴付。表装:手打ち、本表装です。新品。 取扱品:茶道具 茶碗 美術工芸品 陶磁器 和の器 酒盃 抹茶 他創業1946年 茶道具販売 卸売・小売部門 知事賞 受賞:佐藤大観堂 ■掛軸(一行書・横物)、色紙・短冊は、 ご希望の「禅語」を書いて頂けます。 ■参考= 茶席の禅語一覧=<<ここをクリック ■お申し込み方法■ 「買い物かごに入れる」をクリックし、 通常どおり「 掛軸・色紙・短冊 」等のご注文をして頂き、 ご注文過程で出てくる備考欄に、ご希望の「禅語」をご記入下さい。 ご注文頂いた後、当方より連絡させて頂きます。 なお、ご不明の点がございましたら、電話でも詳しく説明させて頂きます。 ■ご希望の「禅語」で在庫のない場合、お申し込後、納品迄、 色紙・短冊は1~2週間、掛軸は1~2ヶ月程度 ご猶予をお願いする場合がございます。 ----------------------------------------------------------------------------- ■トップページに戻り、他の作品を見る
53800 円 (税込 / 送料込)
有馬頼底 賛茶道具 書短冊 画賛 「百花魁」梅花絵有馬頼底 賛直筆
■在庫のない場合、新作仕入れの為、お申し込後、納品迄、 2~3週間程お待ち頂く場合があります。■作品は、それぞれ直筆 逸品物のため、 仕上がりが多少異なる場合があります、予めご了承下さい。 ■短冊 画賛 「百花魁」 梅花絵 有馬頼底 賛直筆 分類 茶道具 r-m2-tan-ga-hyakka-ume-raitei-----------------------------------------------【 梅花百花魁 (ばいか ひゃっかの さきがけ) 】春を告げる花として百花に先んじて咲く梅は、春を待ちわび、開花を愛でる人々の気持ちを一身に集める春の象徴としての花。魁とは、一番乗りのこと。 筆者 有馬頼底 老大師 筆者略歴 ■号 大龍窟臨済宗 相國寺派 七代管長、金閣寺(鹿苑寺)住職、銀閣寺(慈照寺)住職、京都仏教会 理事長、日本文化芸術財団 理事。■有馬頼底 老大師久留米藩主 有馬家(赤松氏流)の子孫。東京にて華族の家系に生まれ、天皇陛下のご学友となる。8歳で大分県 日田市の岳林寺にて得度。22歳で京都 相國寺に入門し、相國寺にて禅僧として修行を重ねる。古代から近代に至るまでの墨蹟・茶道具・美術工芸品などに造詣が深く、禅宗歴史美術を通じ、広く一般に布教活動を行っている。 寸法 縦 36.2cm、 横 6.2cm。 備考 畳紙(たとうし)付。新品。 取扱品:茶道具 茶碗 美術工芸品 陶磁器 和の器 酒盃 抹茶 他創業1946年 / 茶道具販売 卸売・小売部門 知事賞 受賞:佐藤大観堂 ■トップページに戻り、他の作品を見る
16800 円 (税込 / 送料込)
茶道具 書 掛軸 横物 画賛、宝舟の画 「福寿海」、足立泰道 和尚 賛
■在庫のない場合、お申し込後、納品迄、 1~2週間程度ご猶予をお願いする場合がございます。 ■作品は、それぞれ真筆・逸品物のため、 仕上がりが多少異なる場合があります、予めご了承下さい。 ■書 掛軸 横物 画賛 宝舟の画 「福寿海」 分類 茶道具 rp-sm1-ji-fukujyu-taido----------------------------------------------【福寿海無量】『観音経』の中に「福寿海無量(ふくじゅかいむりょう)」の一句がある。「福寿」とは、幸福と寿命をいい、この二つが、大きな海のように、量に限りが無いという意味。---------------------------------------------- 賛 添書--- 足立泰道(あだち たいどう)和尚臨済宗 大徳寺派、瑞龍山 雲澤禅寺(兵庫県) 閑栖。1937年 12月生まれ。1969年 雲澤寺副住職。1975年 雲澤寺住職。1986年 大徳寺派前住職。1987年 施大徳寺改衣式。2009年 閑栖。---------------------------------------------瑞龍山 雲澤禅寺 沿革兵庫県富岡市に位置し、元和年間 沢庵和尚により中興されました。-----------------------------------------------『臨済宗』とは、中国禅宗五家(臨済、諸ラ仰、曹洞、雲門、法眼)の一つで、唐の臨済義玄を宗祖とします。義玄は『喝の臨済』『臨済将軍』の異名で知られ、豪放な家風を特徴として中国禅興隆の頂点を極めたといわれます。尚、正式な表記は、臨濟宗、臨濟義玄となります。 また、『大徳寺派』は、1315年 宗峰妙超により始まった京都の大徳寺を本山とする宗派です。 作者略歴 画---田中松泉生年:1918年(大正7年戊午)生地:奈良県分野:画家 日本画 寸法 縦(丈):約 120.0cm、 横(幅):約 52.0cm、 軸先横幅:約 57.0cm。 備考 桐共箱 略歴付。表装:手打ち、本表装です。新品。 取扱品:茶道具 茶碗 美術工芸品 陶磁器 和の器 酒盃 抹茶 他創業1946年 茶道具販売 卸売・小売部門 知事賞 受賞:佐藤大観堂 ■トップページに戻り、他の作品を見る
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